インタビュアー:はじめに簡単な自己紹介をお願い致します。

S氏:卒業後に内資系CROに入社しました。モニターとして約8年業務後、ジョブローテーションの一環で他部署の臨床開発職として勤務しています。

インタビュアー:CRAを目指されたのはどういうきっかけだったのですか?

S氏:今とは違って非常に氷河期だったので、健康産業など興味のある業務を総当たりしました。
理系出身だったことからCRAが気になり、ターゲットとして何社かCRAに応募。しかし、まだ新しい業界だったので、各社の説明会で業界の説明を受けただけでモニターという仕事の具体的な業務イメージは理解できず、そのまま入社しました。

インタビュアー:実際にCRAとして一人立ちできたと思うのは何年目のころでしたか?

S氏:学生の時のイメージとして医薬品の開発は研究職に近いと考えていたのですが、実際は全然違っていました。最初のうちは、何がどうなっているのか分かりませんでした。

ただ、これはどの会社のCROも同じだと思いますが、最初の半年間はしっかりとした研修期間があります。その間に、少しずつ仕事内容が把握できるようになってくるわけです。

私の場合、最初に担当した試験が運良く、選定、立ち上げから終わりまでの範囲だったので、早い段階で一通り経験することができました。ただ、先輩に頼らず一人で本当にちゃんとできるようになるには、2〜3年は経験を積まないと難しいと思います。

インタビュアー:今はメディカル業界は過渡期と言われていますが、最近の変化をどういう風にとらえていますか?

小嶋氏:僕が臨床の経験をスタートしたのは平成9年で、ちょう旧GCPと新GCPの切り替わりの時期にあたります。入った当時、研究から臨床に移りました。ほとんどが臨床をやっている人間の中でひとり研究から来たわけですが、ちょうど新GCPの始まる年だったので、「昔の人達はどうしていたのかわからない、これはどうしたらいいのか」という悩みを持つことなく入っていけたのは良かったです。自分でやり方を決定し、動いていくことができました。

ある大学では治験事務局が2カ所あり、どちらで必須文書を補完するのか分からない、あるいは治験で「IRBは簡単に通らないから2回以上は倫理委員会にかけてください」などと言われることも普通でした。それに比べると、今はとても整備されています。国の整備はもちろんのこと、私学もそれに合わせて変わってきているんです。

そういった背景もあり、今の若い開発の方は整備された環境の中で働けているという状況ですので、苦労なくスムーズに行ける反面、仕事に興味を持ちにくい人が多いようです。

また、その一方で医師主導治験では実は困っていて、どうしていいのか分からない状況も発生してきているなど、混沌としている状況です。ただ昔と今とを比べると随分と整備されたことは事実です。余談ですが、私の頃なんかは24施設担していて東京に戻れず出張続きだったことを覚えています笑